第三章 カレー

世の中のトレンドは「カレー」一色となった。
メディアもインターネットも、発信される情報はほぼすべてがカレーに関するものだ。
かつてはアイドルやタレントの話題、政治問題、時事ネタを放送していたマスメディア。
今ではカレーだけで1〜2時間のテレビ番組を組むほどだ。

インターネット上でも、あらゆるSNSで日々カレーの情報が大量に共有されている。

当初は「マスコミのゴリ押しだ」「カレー業界のステマだ」「意図的なバイラルマーケティングだ」と批判する声があちこちで聞かれたが、
それも今では少数派だ。
それらの声は情報の洪水に埋もれ、探そうとしてもほとんど見つからなくなってしまった。

世界中の人々が、カレーを追い求めることをステータスとし始めた。
セレブたちは至高のカレーを求め、世界中を飛び回る。
その旅の過程をインターネット上にアップし、
彼らの情報を見聞きした一般人たちは、まるで自分自身も旅しているかのような気分を味わう。
セレブたちは次第に「神」と呼ばれ、崇められる存在となっていった。

ただ、セレブたちも苦労が絶えない。
カレー以外の話題をアップしようものなら、世界中から激しい誹謗中傷を浴びる。
彼らにはカレーを追い求めることしか選択肢がなかった。

そう、世界はカレーに支配されていた。

人々は、カレーなしでは生活が成り立たないほどの熱狂的な愛情を抱くようになっていた。

警鐘を鳴らす者もいたが、
「カレーは理屈ではない」という社会の論調に押され、そうした声もやがて消えていった。

いたるところで、こうした会話が繰り返される。
「○○○○○のカレーは最高だった」
「△△△△△のカレーはほっぺたが落ちるくらい美味しい」
「□□□□□のカレーを食べたら、あまりのおいしさに涙が出てきた」

どこへ行ってもカレーだけが話題になり、
カレー以外の料理が消えたのではないかと思わせるほどだった。
しかし、そんなことを気にする人はほとんどいない。
人々はただカレーを食べたいのだから。カレーさえあれば何も問題はないのだから。

スパイスが奏でる絶妙なハーモニー。
複雑な風味が口から鼻へ抜け、体の内側までその温かさが広がる。
程よい辛さが不安を拭い去り、カレーを食べると不思議な幸福感が訪れる。
スプーンを置いた瞬間、また次のカレーを欲する焦燥感が忍び寄る。
人々はこの快感を求め、ますますカレーを食べ続けた。

カレー店は日々盛況を極め、店長や従業員たちの喜びの声が響き渡った。
一般家庭でもカレールーやレトルトカレーを駆使して、カレーを手軽に楽しむ様子が見られた。

もちろんカレー工場もフル稼働だ。
需要に応じるため、従来の生産ラインを最新鋭のフルオートメーション設備に更新していく動きが進んでいた。
工場では、AIが稼働状態を監視し、一糸乱れぬ動きを見せるロボットアームに調理を進める光景…。

荘厳だ…。
そうつぶやく声が聞こえた。
従業員の目は、大量のモニターに映るレトルトカレーのパッケージにのみ向けられ、
その目はキラキラと輝き、大好きなカレーを見つめていた。
ただ、口元は緩み、何とも言えない表情をしていた。
世界中の人々は、カレーを作るカレー工場に感謝の念を抱き、
工場で働きたいと願う就業希望者が爆発的に増加していた。

さらに、大好きなカレーを作る工場を見学したいと望む者もまた増え続けていた。
世界中から大勢の人々がカレー工場を訪れているにもかかわらず、
その感想が呟かれ、語られることはなかった。


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