ノートを手放してから、もう二、三年が経つ。
最初は少しの違和感があった。
何かを書き留めたい衝動に駆られることもあったが、
時が経つにつれ、その思いも薄れていった。
振り返ってみても、特に支障はなかったな、というのが正直な感想だ。
ただ、ブログを書く習慣だけは続けた。
とはいえ、毎日書こうと思っても、実際に書かない日もある。
書こうとしても手が動かない日もあるし、そもそも書くことが思いつかない日もある。
それでも、時折ふとした瞬間に過去を遡りたくなることがある。
そんなとき、記録がない日のことを考える。
何もなかったから書かなかったのか、
それとも、何かあったけれど書きたくなかったのか。
あるいは単に面倒くさくて書かなかったのか…。
記録がない過去を想像する。
それはある種、謎解きのようでもある。
頭の中に残る断片的な記憶を拾い集め、失われた時間を埋めようとする。
すると、人間の脳みそは実に都合よく働くことに気がつく。
途切れる前後の記録を読めば、おぼろげながらも当時の出来事が浮かび上がる。
しかし、それは完全に正確な記憶ではない。
思い出の中には、いつの間にか補正がかかり、
美しくなったり、逆に色褪せたりしている部分もあるのだ。
それでも、こうして記録を残すことには意味があるのだろう。
たとえ曖昧なものでも、思い出を繋ぎ留める手がかりとなる。
過去の自分を辿ることは、今の自分を知る手がかりでもあるのだから。
そして気づく。当時の自分には見えなかったものが、今なら見えること。
少しだけ成長した自分がいること。
時には、自分の未熟さに顔を覆いたくなることもあるけれど、
それもまた、大切な発見なのだ。
そうやって、時々振り返ることができるからこそ、日々の記録は面白い。
そして、これから先も、自分の足跡をどこかに残していこうと思う。